クジラガイド・せ~じができるまで ~第1話 ~

ホエールウォッチングと私の出逢い。

はいさい!
座間味の海と写真から、あなたに癒しと元気をお届けします。
ダイビングガイド兼写真家のせ~じです!
あっ、冬の間はクジラガイドやクジラ調査員もやってます。

昨夜のうちに、大都会・東京へ出てきた私。
寒いんだろうなぁなんて覚悟してきたんですが、意外と寒くない!

むしろ、上着を着てると暑い(笑)。
結局、薄手のシャツ1枚でこと足りるやん。。

でも、調子に乗って風邪ひいたりとかインフルもらったりとかしないようにしなきゃ。

 

あの連載企画の復活!

さて、今日から2月ですね~。

一昨日から座間味近海の海水温も22℃台まで下がってきました。
そして、昨日はけっこう多くのクジラも確認されたそうです!

やったね( ̄▽ ̄)。
ここから、座間味ホエールウォッチングが盛り上がってきますね!
あっ!そういえば!
私がクジラガイドをするようになった理由とか、何を想ってガイドしてるのかとか、ちゃんと話したことなかったなぁ~、なんて思ってみたり。

そんなわけで、久しぶりにあの連載企画の番外編、やっちゃいましょうか。

 

ホエールウォッチングとの出逢い。

私がホエールウォッチングに関わったのは、2010年の冬。
警察官を辞めて島に帰ってから初めて迎えた冬でした。

当時、私は親父の会社の2代目修行中で、シーズンオフの集客要素としてホエールウォッチングでもやってみようなんて軽い気持ちで始めたんです。

そんなわけで、クジラとかホエールウォッチングというものについて、ホントに最低限の知識があるか無いかというレベルだった私は、
とりあえず、島の先輩方の船について行って、その後ろから鯨を見せたらいいやん
などという、スーパー浅はかな考えでいきなりウォッチング船の船長をやっちゃいました。

今、振り返ったらホントに恥ずかしいコトっすね~。
無知だけど勢いだけはあったんだなぁ。
そんな考えでウォッチング船の船長なんかできるわけありません!
私のウォッチングデビュー、とりあえず目論見どおりにお客様にクジラを見ていただくことはできたものの、クジラの動きとか、船のまわし方とか、全く意味がわからず、頭はプチパニック状態で終わりました。

 

弟子入り修行の始まり。

このままではダメだ!
と痛感した私は、港に帰ってきたその足で、ホエールウォッチングの大先輩のもとへ行き、
私にホエールウォッチングを教えてください!
と、頭を下げて頼み込んだんです。

いきなりの弟子入り志願にふたつ返事で喜んでくれたその方こそ、ウォッチング船・姫鯨の船長、
「あなたの清」こと宮城 清さん!

本来なら、よそのショップの、商売敵になるであろう人物である私に、ホエールウォッチングのノウハウと、そして何よりもホエールウォッチングの楽しさと楽しませ方を惜しみなく教えてくださった、私のクジラ師匠。

クジラ馬鹿って言われるほどクジラが大好きで大好きでたまらない方です。
そんな方に、
「せ~じ、これからあんたたちの世代がクジラを盛り上げていかないと!」
とか、
「せ~じ、クジラは幸せな気持ちになるだろ~。だから俺はやめられないんだよ。あんたもお客さん幸せな気持ちにさせてあげなさい!」
なんて、言われたら、ね。

そりゃ、もう、ヤル気100倍、アンパンマン!状態ですよ。
そんなわけで、私のホエールウォッチング元年は、姫鯨に乗り込んで、ひたすら清さんの視線を追い、船のまわし方を見、クジラの写真を撮り、ガイドのお手伝いをさせてもらいながら、自分のショップにお客様がいる時は新米船長としてウォッチング船を出し、清さんから学んだコトを実践する日々でした。

 

さらなるクジラ馬鹿、現る!

とはいえ、まだまだクジラに関する知識も足りず、経験も少ない私にとって、ホエールウォッチングって、まだ心から楽しいものではなかったんだなぁ。
2代目経営者として、冬場の稼働率アップの手段として、ただ必死にやらなきゃ!という気持ちの方が強かった。

しかし、そんな私に最強の助っ人が現れるコトになります。

親父の会社に新しく採用されたスタッフ・ミホちゃん。

とにかく明るい!
とにかくクジラ好き!
とにかく声がデカイ!

そんなクジラが好きすぎてたまらない彼女とコンビを組み、2年目のホエールウォッチングシーズンが始まりました。

クジラの生態や行動やいろいろな知識を彼女から教わっていくうちに、ホエールウォッチングというものに真剣に向かい合うようになって、気がつけば私もクジラ好きになっていた(笑)。
ちょうどその頃、座間味村ホエールウォッチング協会の事務局長やスタッフの方々にも目をかけてもらい、いろいろ教えてもらっていたんですが、当時その中で衝撃だったのが、
座間味ホエールウォッチングの先駆者である先輩側がホエールウォッチングをやり始めた頃、毎朝山へ登って自分でクジラを探し、そして出港していたんだよ。
なんてエピソードを聞かせてもらったんです。
それを聞いた私!
次にとった行動は、もう読めてきたんじゃないですか?

はいっ!
毎朝、日の出前から山へ通い、出勤前ギリギリまでクジラを探す「山クジラ修行」しました!
で、ダイビングへ行ったり、ホエールウォッチングへいったり、そして、夕方から日没までも「山クジラ」しました。

とにかく、毎日クジラ三昧の日々でした。
早起きも全然苦痛じゃなかったし、ホントに楽しかったなぁ~。

 

私のクジラ師匠たち。

そうこうしているうちに、姫鯨以外のウォッチング船にも乗せてもらったり、ザトウクジラ調査船に乗せてもらったりする機会が増え、清さん以外にも、
「えりせら」船長の宮平寿夫さん

今、私がガイドとして乗っている「ビーナス」船長の宮平聖秀さん

「セティウス」船長の宮村幸文さん

といったクジラの大先輩方からもたくさんのノウハウを教えていただけるようになり、ホエールウォッチング船長としてチカラがメキメキ伸びてきたのが実感できてました。

クジラの動きを読み、風を読み、潮を読み、お客様がクジラを見たり撮影したりするのに最適な場所へ船を回し、クジラを待つ。

自分の読みがバッチリ当たると、かなり近くにクジラが出てくるんです!

ホエールウォッチング船長3年目には、かなり上手くいくようになってました。
そして、心からホエールウォッチングが好きになってました。

で、その頃、私が2代目経営者を辞めて、親父の会社を去ることになったので、船もなくなり、ウォッチング船長できなくなっちゃいました。

その後、どのようにクジラと関わってきたのかは、次回に続くっ!

プロフィール

宮里 清司
宮里 清司
1977年・沖縄市生まれ。 中学生の頃から、父親の出身地である座間味島の海に潜り続けてきました。 大人になって座間味の海でガイドをするようになったのですが、父親との衝突や減圧症の軽症状に悩み、ダイビング業界を一時引退。 その後、何の縁か海の無い滋賀県に移り住み、ふとしたきっかけで警察官となり、機動隊で潜水士をしていました。 やっぱりダイビングからは離れられなかったです。 そして、座間味の海からも離れられなかったです。 警察官を辞めて、座間味の海に帰ってきました。 今は、子供の頃からずっと見続けてきた座間味の海でガイドダイバーとして、そして写真家として活動しています。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。