きっかけは、たまたま見たテレビ番組でした。

はいさい!
大阪遠征中、ほぼ毎日刺激的な日々を過ごしていたせ〜じです!

そんな中、大阪からさらに愛知県の豊橋まで足を伸ばしていった「豊橋エクスマタイムズ2」がすごく思い出深いというか、なかなか自分で消化できない濃い時間となりました。

大阪・ミナミでマジックバーをやってるマジシャン・ボンバーさんも来てましたー。

ずっとずっとこの耳で聴きたかった、短パン社長・奥ノ谷圭祐さんの講演。
今回の豊橋エクスマタイムズが、ようやく巡ってきたチャンスやったんです。

 

動きたくても動けなくて、落ち込んでくすぶってました。

話はちょっと変わって、、、

以前のブログにも書いたんですが、親父の遺した会社を離れて職を失った時があったんです。
5年前かなぁ。

その頃、貯金はすべて会社につぎ込んでなくなっていたし、手元に残っているのは、ダイビング器材とカメラ一式と、パソコンだけ。
身体ひとつで飛び出した感じでした(笑)。

でも、「会社の負債」からは解放されることになりました。
その出資者の方とは激しく対立したし、当時はすごく嫌いだったんですが、ボクを「会社の負債」から遠ざけていただいたんだと思うようにしたんです。

ただ、やはり、頭で理解しようとしても、感情が追い付いてこない。
親父や出資者、その周辺の人たちに対して、心の深いところで恨みゴトを抱き続けてる、そんな状態が数年間、続いてました。

ボクと一緒に潜りたいと言ってくださるお客様から連絡はいただくものの・・・・。
しかし、独立してショップを立ち上げるには資金もなければ船もない・・・・・。

座間味島で頑張っていきたい。
それだけはかたくなに思っていたけど、どうにも動くことができず困ってました。

そんな中、島でダイビングショップとペンションを経営している島の先輩が、

「うちでスタッフしながら、独立の準備をしたらいいさぁ。」
「お前のお客さんも、一緒に潜ったらいいさ。」

と、声をかけて、ボクを拾ってくださったんです。

はい。
去年までボクがスタッフをしていた「ダイブセンターNO-Y」の宮平聖秀(聖ぼぅ)さんです。
ずっと、座間味の海で活動し続けてきた「本物」のインストラクターで、「本物」のガイドダイバーで、「本物」の海人。

数々の水中撮影や発掘調査など、これまでの活動実績もすごい方なんです。

そんな方が、ボクを拾ってくれて、

ダイビングのガイドをする機会と場所を提供してくれました。
「座間味の海」を教えてくれました。
写真家として活動するチャンスをくれました。
ガイドダイバーとしてレベルアップさせてくれました。

聖ぼぅさんからは、親父がボクに教えることができなかったことをたくさん学ばせてもらいました。

それから4年間、NO-Yでガイドをしながら独立に向けた「修行」をし直しながら、親父の遺した「個人的な負債」をコツコツ返し続ける日々。

そんな中、NO-Yの看板のもとで「写真家」として仕事をするチャンスも何度かいただき、本格的に「ダイビング」と「写真家」2本立ての活動をしていきたいなぁなんて、「自分の道」が見え始めてきたんです。

 

きっかけは、たまたま見ていたTV番組でした。

後継失敗の経験から、ようやく前を向いて立ち上がり始めるチャンスやったんですが、、、

ただ、一度折れてしまった心はなかなか完全復活しませんね~。
以前に比べると、ガッツも勢いも根性も弱くなってる。

それに気づいて、自分にハッパをかけてみるも全く長続きしない。
悶々とした日々が続いてました。

そんな時、大きな転機と出会いがやってきたんです!
いつもBGM代わりにつけていて集中して見ることはないテレビ。

あの日も、BGM代わりにたまたま流れていた「人生のパイセンTV」という番組で、「短パン社長」の密着ロケを見たんです。
自撮りとか、Yes!!カレーライス!!とか、面白い人やなぁーと見てたんですが、最後のまとめでやられました。

自分のことを好きだって言ってくれる人に、ちゃんと感謝してるか、ちゃんと愛を届けているか、短パン社長のこの言葉がずっと引っかかっていて、自分に置き換えてみたんです。

あっ、、、やってるつもりでできてない。
これまでの環境だとか、資産がないとか、そういうことを言い訳にして、上っ面しかできてないな、オレ。。。
って、ものすごくショックを受けたなぁ。

あの晩は寝付けなかったー。
そして翌朝、たまたまTwitterを開いてみたら、タイムラインに短パン社長のことを取り上げた記事を発見したんです。

「恐れずに発信しよう!TVでも話題沸騰の短パン社長 奥ノ谷 圭祐氏 インタビュー」
(クリックするとリンク先へ飛びます)

この記事を読んで、すぐにTwitterで短パン社長をフォローしてました。

 

そして、エクスマに出会い、追い続け、、

さっきあげた記事を読んでいて、「エクスマ」というマーケティングの概念をもっと知りたくなったので、エクスマが特集されていた「商業界」のバックナンバーを買い、エクスマ創始者の藤村先生や、史上最強の無職・坪井さん、マックスブログ塾塾長の壁下さんのことを知り、、、

たまたま沖縄のエクスマ塾生の方と知り合って、全国の塾生の方々とSNSで交流を持ち始め、、、

暴君と呼ばれているなんてつゆ知らず、マックスブログ塾へ行き始め、、、

あのテレビを見てから1年半。
ずっと藤村先生や短パン社長のブログや投稿を見続けて見よう見まねで行動してみたり、坪井さんやマックス塾長の話を聞いては、自分のことを振り返ってみたり自分の活動に落とし込んだりしてました。

昨年末に、始めて藤村先生の講演を生で聴くことができ、これまで見よう見まねで追い続けていたけど、やっぱり生で聴くと全然違うなぁと感じたんです。

そうなると、ボクにとって全てのきっかけとなった短パン社長の講演も、生で聴きたくて、今回の豊橋エクスマタイムズが、そのチャンスやったんです。

このチャンスを下さった、主催者のコンクリ克っちゃん、工具屋哲ちゃんには本当に感謝っす。

 

初めて聴いた短パン社長の講演は、、、

そんな思いで初めて聴いた短パン社長の講演。
ものすごいエネルギーで、ずっと全力投球。

「目の前のお客さんを本気で大事にする」という熱い思いがこれでもかと伝わってきました。

「言い訳すんな。バカ。」って、ズシッと響きました!

詳しくは書きません。
ってか、まだまだ書けません。

ずっと追い続けててよかった。
追い続けていたつもりけど、まだまだ目の前にはやれることもやってないこともたくさんあるなぁと思いました。

これから、もっともっとやっていこう。
「行動」あるのみっす。

 

そんなわけで、、、

「人は、人に活かされている。」
若いころに、一緒に仕事していた従兄弟がボソッとつぶやいていた言葉。

「人には、必要なときに必要な人との出会いがあり、必要なコトをしてくれる。」
くすぶっていた頃に、大好きなお客様が言ってくれた言葉。

確かに、あのときの苦労がなかったら、今の出会いはなかっただろうし、今いるこのステージには立てていない気がします。

人生は何が起こるかわからない。だからこそ面白い。
何があっても、腐る時期があったとしても、自分がぶれなければ、道は必ず開けてくるもんすね。

全てのきっかけになった短パン社長。
そして、それから出会ったたくさんの方々は、ボクが自分で歩き出した自分の道で出会った大切な人たちっす。

今まで支えてくれた先輩やお客さん、エクスマを通して出会ったたくさんの人たちに、感謝の気持ちを持って、しっかりやりまっせ!

感傷的になってしまうと上手くまとめきれないので強引にまとめたけど、「行動」しまっせ!

プロフィール

宮里 清司
宮里 清司
1977年・沖縄市生まれ。
中学生の頃から、父親の出身地である座間味島の海に潜り続けてきました。
大人になって座間味の海でガイドをするようになったのですが、父親との衝突や減圧症の軽症状に悩み、ダイビング業界を一時引退。
その後、何の縁か海の無い滋賀県に移り住み、ふとしたきっかけで警察官となり、機動隊で潜水士をしていました。
やっぱりダイビングからは離れられなかったです。
そして、座間味の海からも離れられなかったです。
警察官を辞めて、座間味の海に帰ってきました。
今は、子供の頃からずっと見続けてきた座間味の海でガイドダイバーとして、そして写真家として活動しています。