ガイドする写真家・せ~じができるまで。 ~ その2 ~

ちょっと寄り道(笑)。

はいさい!
沖縄・座間味島の海から癒しを届け、みんなで元気になろう!
ダイビングガイド兼写真家のせ~じです。

自分のルーツをたどってみよ~♪
なんて軽いノリで始まった連載企画。

宮里少年に降りかかる出来事とは!なんて大袈裟に終わった前回ですが、第2話はいきなり寄り道しちゃいます(笑)。
その「出来事」が起きる前に、私と水中写真との出会いを書かなきゃ( ̄▽ ̄)。

 

私と水中写真の出逢い。

私が水中写真を撮り始めたのは、ダイビングを覚えたばかりの頃、まだ中学生でした。

親父のショップにあった備品で、当時水中カメラの主流モデルだった「ニコノス」や「モーターマリン」という水中カメラを貸してもらい、写真を撮っていたんです。

フィルムだから、1ダイブで撮影できる枚数は限られているし・・・
オートフォーカスじゃなくて目測でピントを入れないといけないし・・・
絞りやシャッタースピードといった露出に関する知識は全くないし・・・

現像で仕上がってくる写真のほとんどは、ピンぼけ真っ暗写真でしたね~。

人に見せられるような写真が、フィルム1本に1枚あるかないかという低打率で、汗水たらして稼いだバイト代のほとんどは、フィルムと現像代に消えていってましたよ・・・。

そして残念なことに、その頃私が撮っていた水中写真は全く手元にないんです・・・。

マジかよ。。
こんど、実家に帰ったら昔の部屋をガサしてみようかな。

 

写真家・せ〜じの原点。

そんな中、水中用のレンズ交換式一眼レフという画期的な「ニコノスRS」という、専用のマクロレンズやフィッシュアイレンズ、ストロボなどセットにしたら100万円は超える衝撃的なカメラがあったんです。

で、それを持ってくる常連のお客様がいて、その方の水中写真がスゴくキレイで憧れてました( ̄▽ ̄)。

そのお客様にも、とてもかわいがっていただいてたなぁ。沖縄に来るたびに、たくさんのポジ作品を持ってきてくださって、
それを眺めている時間がスゴく好きでした。

フィッシュアイレンズを使ったワイド撮影も、マクロレンズを使った魚たちの撮影も、本当にキレイで、憧れて、気に入った作品のポジを貸していただいては、写真屋さんでプリントして、部屋に飾ってニコニコしてました。

好きな写真をぼ~っと眺めて、いろんなことを考えたり、憧れたり、ニコニコしたりする時間がスゴく幸せやったなぁ。

このブログを書いてて、初めて気づいた。
あの時の体験が、写真家せ~じの原点だったんやなぁ。
小山さん、元気かなぁ。
久しぶりにお会いしたいなぁ~♪
さて!
引っ張っちゃったけど、次回は宮里少年に降りかかる出来事の話に戻りましょうね( ̄▽ ̄)。

続くっ!

プロフィール

宮里 清司
宮里 清司
1977年・沖縄市生まれ。 中学生の頃から、父親の出身地である座間味島の海に潜り続けてきました。 大人になって座間味の海でガイドをするようになったのですが、父親との衝突や減圧症の軽症状に悩み、ダイビング業界を一時引退。 その後、何の縁か海の無い滋賀県に移り住み、ふとしたきっかけで警察官となり、機動隊で潜水士をしていました。 やっぱりダイビングからは離れられなかったです。 そして、座間味の海からも離れられなかったです。 警察官を辞めて、座間味の海に帰ってきました。 今は、子供の頃からずっと見続けてきた座間味の海でガイドダイバーとして、そして写真家として活動しています。

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