ガイドする写真家・せ~じができるまで。 ~ その3 ~

宮里少年の挫折と、大きな出会い。

はいさい!
沖縄・座間味島の海から癒しを届け、みんなで元気になろう!
ダイビングガイド兼写真家のせ~じです。

自分のルーツをたどってみよ~♪
なんて軽いノリで始まった連載企画。

今日は第3話です!

高校生のくせに、いっちょ前のガイド面して毎日がエブリデイだった宮里少年。
進学する気も全くなく、担任の先生を困らせていた高校3年生の夏に衝撃的な出来事が起こります!

親父の会社(ショップ)乗っ取り事件!

株式会社だった親父の会社、資金調達で本土の大きな(?)土木会社か何かを株主にしていたのかな。確か。
若くて純粋な宮里少年には、詳細な状況はわからずじまいだけど、今風に言えば「敵対的買収」に近いものだったのかなぁ。

ホントに突然、私が活動できるショップがなくなってしまいました。。。。。
親父の職業も。。。

そして、周りの人々は私に言うのです。
「大学くらい行きなさい」と・・・。

その時初めて琉球大学の理学部に海洋学科があることを担任の先生に教えてもらい、慌てて受験勉強したんだけど、間に合うわけないですよね~。
合格するわけもなく、予備校に通う浪人生活をすることになります。

 

今でも師匠と仰いでいる方との素晴らしい出逢い。

そんな受験生時代に予備校で出会った一人の講師。

みんなネクタイとかして真面目そうな人ばかりの予備校講師の中に、
日に焼けて真っ黒な身体、
茶髪で声がでかくて、
バリバリうなるハーレーとかショッキングピンクのデカい4駆の車をのりこなす、
私に近い匂いがする海好き人間がいたんです!

私の恩師であり、大学の先輩であり、ダイビング修行時代の師匠であり、さらにマリン事業経営者としての目標となったこの方。

沖縄のマリン業界で有名な「渡口 昇」さん。

写真は渡口さんのFacebookから拝借しました。

写真は渡口さんのFacebookから拝借しました。

渡口さんとの出会いが、今現在の私に、直接的にも間接的にも、大きな影響を及ぼすことになるんです。
親父の会社が乗っ取られ、大学受験に失敗したからこその出会い(^^)。

やっぱり、人生は上手くいかないから面白い!

15歳の私と35歳の私のコラボ! 20年の歳月は、いたいけな少年を国際テロリスト風に変えてしまう(笑)。

15歳の私と35歳の私のコラボ!
20年の歳月は、いたいけな少年を国際テロリスト風に変えてしまう(笑)。

 

次は、大学時代のダイビング修行期の話にしようかなぁ。

この連載、なが~くなりそうな予感。。。

プロフィール

宮里 清司
宮里 清司
1977年・沖縄市生まれ。 中学生の頃から、父親の出身地である座間味島の海に潜り続けてきました。 大人になって座間味の海でガイドをするようになったのですが、父親との衝突や減圧症の軽症状に悩み、ダイビング業界を一時引退。 その後、何の縁か海の無い滋賀県に移り住み、ふとしたきっかけで警察官となり、機動隊で潜水士をしていました。 やっぱりダイビングからは離れられなかったです。 そして、座間味の海からも離れられなかったです。 警察官を辞めて、座間味の海に帰ってきました。 今は、子供の頃からずっと見続けてきた座間味の海でガイドダイバーとして、そして写真家として活動しています。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。