ガイドする写真家・せ~じができるまで。~ その5 ~

試験を受けるときは、ちゃんといろいろ調べよう!

はいさい!
ダイビングガイド兼写真家のせ~じです。

自分のルーツをたどってみよ~♪
なんて軽いノリで始まった連載企画。

気がつけば第5話になりました!

 

ダイビングインストラクターへの道のり。

ちゃんと下調べをしなかったために学科改組があることも知らず、勢いだけで大学へ入った宮里青年。
大きなギャップにめげず頑張っていたのですが、最終的にはじゃんけんに負けて大学を去るわけです(笑)。
しかし、若いころの念願がかなって、座間味島を拠点に親父の会社でダイビングの仕事をすることになりました(喜)。

BSACというダイビング指導団体の古株インストラクタートレーナーの方が、親父の会社開業時にマリン事業部のリーダーをしていて、まずは改めてインストラクタートレーニングを受けていました。

とはいえ、中学生のころからBSACのトレーニングを間近で見て、一緒に受けていた私にとっては、大きな苦労もなくインストラクターまで取れちゃいました。

 

苦労したのは「潜水士」試験!

今でこそ、インストラクターやガイドをする者は「潜水士」の資格を取らなければならないということは常識になっていますが、ちょうど私がダイビング業界に入ったころ、沖縄県の条例でそういう規則になったわけなんです。たしか。

で、当時、小さな島で、私の周りには「潜水士」試験について教えられる人が誰もいなかったわけです。
仕方がなく、ショップに置いてあった潜水士テキストを丸々暗記するしかないなぁと・・・。

私が丸暗記したテキストは、忘れもしない、黄緑色と水色のツートーンカラーのテキスト。
初版のヤツでした!

沖縄で開催される潜水士試験は、年に1回だけ。11月でした。
それでは夏のシーズンに間に合わないから!と、7月に福岡は久留米まで潜水士の受験をしに行くことになります。

でも、7月なんてシーズン真っただ中!
勉強なんかできるはずがない(笑)。

試験前日に弾丸スケジュールで福岡へ飛ぶわけですが、私にとっては、完全アウェーの沖縄県外。
電車に乗るのも、駅から出るのも、バスに乗るのも、ビクビク・ドキドキだし。

そして、文字どおり、
たった一晩限りの一夜漬けで、潜水士テキスト(初版)を丸暗記!
しようと頑張ってみたけど、潜り疲れの移動疲れでまさかの寝落ちっ!

 

私の周りで空気がざわついた試験会場。

そして迎えた試験当日・・・。
試験会場の外で、黙々といまだ完読していないテキストを読みふける私。
そんな私のまわりにいる人たちが、やたらとざわざわしてるんです。

何をざわざわしてるんかなぁ~なんて気にしながらもテキストの完読に集中する私。
まわりなんて見てません。

すると・・・。

受験者A「おいっ!あいつ違う本読んでるぞ!あの本、なんだ?」

受験者B「ホントだ!やばい、あんな本見たことないぞ!」

なんて聞こえてくるじゃないですか。。。
ふと顔を上げてみる私。周りの人たちが持っていたのは、バラクーダの群れが表紙になったカッコいい潜水士テキスト!

せ~じ「ん?みんな、なんかカッコいい本持ってる・・・(心の声)。」

「・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。ん?第二版っ?」

マジかっ!オレのテキスト古いヤツやん!
まわりからめっちゃ見られてて恥ずかしいし、なにより、もうパニック!

大学時代、アルバイトで予備校の非常勤講師をしていた私。
これまで数多くの受験生を励まし、平常心で頑張っておいで~なんて試験に送り出してきた私。

そんな私が、自分自身の試験30分前になって、
「平常心ってなに~?それ美味しいヤツ~?」状態ですよ・・・。

実際、見たことのない用語も出題されてたし・・・。
しかぁし!当時は本番にめっぽう強かった宮里青年、
奇跡的に「潜水士」一発合格しましたっ!
パチパチパチパチ(^^)v。

みなさんは、ちゃんと調べて受けてくださいね。
最新版のテキストはコチラですからね。

さて!ダイブマスターも取った!
潜水士も合格した!
年齢も成人超えてる!

やっと、高校生の頃とは違う本物のガイドダイバーとして歩み始めることになります(^^)v。
その年の冬には、インストラクターも取得して順風満帆なダイビング業界ライフを過ごしていた宮里青年。

 

しかし!私の人生はやはり上手くいかなくて面白い。

順調なはずの宮里青年に、さらなる転機がやってきます!
・・・続く!

プロフィール

宮里 清司
宮里 清司
1977年・沖縄市生まれ。 中学生の頃から、父親の出身地である座間味島の海に潜り続けてきました。 大人になって座間味の海でガイドをするようになったのですが、父親との衝突や減圧症の軽症状に悩み、ダイビング業界を一時引退。 その後、何の縁か海の無い滋賀県に移り住み、ふとしたきっかけで警察官となり、機動隊で潜水士をしていました。 やっぱりダイビングからは離れられなかったです。 そして、座間味の海からも離れられなかったです。 警察官を辞めて、座間味の海に帰ってきました。 今は、子供の頃からずっと見続けてきた座間味の海でガイドダイバーとして、そして写真家として活動しています。

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