ガイドする写真家・せ~じができるまで。~ その9 ~

強い想いとブレない軸が、奇跡を引き寄せるコトもある。

はいさい!
ダイビングガイド兼写真家のせ~じです。

自分のルーツをたどってみよ~♪
なんて軽いノリで始まった連載企画。

笑撃の展開から宮里青年がたどり着いたのは、ダイビングガイドでも写真家でもない、警察官でした。

寄り道感が強い第9話です!

 

警察学校での奮闘記。

大学をふぇ~だうぇ~したボクは、10月から高卒過程で警察学校に入ることになりました。

宮里青年、当時23歳。
周りの同期生はピチピチ18歳が多く、ボクみたいな転職組は6人くらいだったかなぁ。

毎日走りまくって、、、、
勉強しまくって、、、、
筋トレしまくって、、、、
関西弁の特訓して(!)、、、、
柔道と逮捕術の稽古して、、、、
オチのある話術の特訓して(!)、、、、

みんなで一生懸命頑張ってたなぁ。

生まれて初めて見た紅葉は、使命感と連帯感、充実感の象徴でした。

ただ、大きな悩みがあったんす。

教官との面接で、今後の希望とか聞かれるわけですよ。
刑事になりたいとか、白バイ目指したいとか。

せ~じ「機動隊でアクアラングがしたいです。」

教官「あかん。機動隊は柔道とか剣道の猛者が行くトコや。お前みたいな一般人の行けるトコちゃう。」

せ~じ「じゃあ、水上警察隊がしたいです。」

教官「あか~ん!水上警察なんか、目指して行くトコちゃう!」

せ~じ「。。。。(ち~ん)」

私の希望はことごとく否定されてしまったんです(笑)。

でもね、警察学校の隣に機動隊があるわけですよ。窓から見える隊員がカッコよくて、アクアラング隊の出動とか、訓練をチラ見してはホントに憧れてて。

警察学校の大浴場が、機動隊との共用だったので、お風呂で機動隊の先輩を捕まえては、挨拶してアクアラングの話を聞かせてもらい、アピールしまくってました(笑)。

 

新米警察官時代の奮闘記。

そうこうしているうちに、警察学校の過程が終わり、県下最大の大津警察署へ配属となり、新米警察官として交番勤務することになります。

そこでも懲りずに、アクアラングとか水上警察とか希望をアピールしては上司や課長Aに怒られてました(笑)。

交番に配属されてから2年。
人事の希望について、せめて話くらいは聞いてもらえるようにならなきゃなぁ。まずは目立ってやろう!と決めました。

窃盗犯(泥棒ね)をたくさん捕まえてみたり、、、、
暴走族のチームを手なづけて大人しくさせたり、、、、
大乱闘の現場があればそこで誰よりも暴れてしまったり(!)、、、、

とにかくど真剣に頑張ってたなぁ。

そんな時、大きな転機となる事故が発生!

琵琶湖でヨットが転覆、沈没する大きな水難事故が発生したんです。
自力で泳いで助かった方もいましたが、捜索の結果、数日後に水深40m付近にヨットが沈んでいるのを発見したそうです。

当時のボクは、交番勤務だったので現場にも行くことができず、でもヨット事故はすごく気になっていたので、当時の課長Bからいろいろ話を聞きだしていたんです。

で、ボクはボクで、潜水経験だけは県警の誰にも負けないと思っていたので、捜索方法とか、水深40m地点からのヨット引き上げ方法、ご遺体の揚収方法を勝手に提案して課長Bに聞いてもらったりしてました。

 

まさかの人事異動発令!

事故の捜索も引き上げも全てひと段落して、もうすぐ冬も終わろうかという頃。
機動隊や水上警察へ行くのはほぼ無理やろうなぁと思いながら、交番で色々頑張っていたんですが、とある事件の捜査本部応援のため刑事の見習いみたいなことをするハメになったんです。

で、その捜査本部で班長に褒められていい気になってたボクは、刑事になろうかなぁなんて浮気ゴコロを出し始め、刑事修行に入ろうかと決意をしかけていたら、、、

3月末の人事異動でまさかの機動隊配属!

これは、喜びを通り過ぎてマジでびびりました(笑)。

あとから教えてもらった話なんだけど、あのヨット事故の発生をきっかけに、県警本部ではアクアラング隊を強化しようという方針になったそうで、課長Bが私を推薦してくださったとか。

人生は何が起こるかわからない。
何が正解に繋がるのかもわからない。
だからこそ、面白いし、頑張れる。

私の猛アピールは、絶対に無理だと言われ、怒られ続けてきた機動隊への道までも引き寄せてしまいました。

警察最後の砦を担う機動隊!
そこでは厳しい男の修行が待っていました。

続くっ!

プロフィール

宮里 清司
宮里 清司
1977年・沖縄市生まれ。 中学生の頃から、父親の出身地である座間味島の海に潜り続けてきました。 大人になって座間味の海でガイドをするようになったのですが、父親との衝突や減圧症の軽症状に悩み、ダイビング業界を一時引退。 その後、何の縁か海の無い滋賀県に移り住み、ふとしたきっかけで警察官となり、機動隊で潜水士をしていました。 やっぱりダイビングからは離れられなかったです。 そして、座間味の海からも離れられなかったです。 警察官を辞めて、座間味の海に帰ってきました。 今は、子供の頃からずっと見続けてきた座間味の海でガイドダイバーとして、そして写真家として活動しています。