ひと月前に届いた1通の手紙。そこには「夢」が詰まっていました。

温帯低気圧の通過から台風6号の発生・通過と重なり、那覇で足止めされること3泊4日。
やっと島に帰れましたーー!

台風6号関連のニュースを見ていると、風はそこまで強くなかったものの、沖縄の各地で記録的な降水をもたらして、与論島は街が浸水するほどだったとか。。。

台風接近前は43%だった座間味ダムの貯水率も、昨日には79%まで回復したそうです。
恵みの雨というにはちょっと降りすぎた感もあるけど、今回みたいに雨を降らせて1日でサッと去っていく台風はいいですねー。

さて!島に帰った直後から、ダイビングDAYが続きます♪
那覇でゆっくり休んだ分がんばるでー!

 

ひと月前に、80歳の男性から届いた1通の手紙。

昨年8月東京の日比谷図書館ホールでナショナルジオグラフィック主催の写真展があり、その中にクマノミの写真がポスターサイズで展示されていて、家内と二人で思わず「かわいいね」と歓声を上げてしまいました。
私は定年後写真を趣味としていて、今までダイビングをやったことないのですが、写真展でみたクマノミの写真に憧れて、私もクマノミの写真を撮りたいです。


ボクと付き合いの長いお馴染みのお客さんからボクのことを紹介されたということで、電話連絡をもらった後に届いたこの手紙には、すごく夢のあるリクエストが書いてありました。

マジかぁ、、、手紙でのやり取りなんて初めてやなぁ。
早く返事を書かないと手紙のやりとりですごい時間かかるしなぁ〜と、悩みながら返事を書いていたけど、、、

あっ!電話したらいいやん!
と気づくまでに半日もかかったのはナイショっす(笑)。

 

ものすごくレアなカメラを持っていたんだよね、、、

その手紙には、その方が持っている水中カメラのリストも書かれてました。

  1. CALYPSO/NIKKOR
  2. NIKONOS Ⅲ
  3. MI
  4. ニコンAW120

ん?カリプソ?
えっ!あのカリプソニッコール?マジでーーー!

っていう感じで、手紙を読んでひとりでコーフンです(笑)。

Calypsoといえば、かの有名な海洋研究者ジャック・クストーの依頼で作られたという、水中カメラの元祖オブ元祖的なカメラ。

おフランス製です♪

そのCalypsoをベースに日本で作られた水中カメラが「Calypso NIKKOR」。
ひと昔前にダイバーの中でめっちゃ流行っていた水中カメラ「ニコノス」の前身だったカメラなんす!

ボクにとっては見たこともない超お宝なレアカメラです。

見たい!このカメラをこの目で見たい!
なんならこの手で触ってみたい!

はっ!、、、そうじゃなかった、、、

この方の夢を叶えるチカラになりたい!

というわけで、あれから細かくやり取りを重ねていって、、、
台風6号の足止めにも負けることなく、ついに念願の島旅が叶いましたー。

 

夢が叶う瞬間って、感動的ですよね。

「クマノミの写真を撮る」だけなら、なんて事のない日常のリクエスト。

でも、80歳ものご高齢の方のダイビングは、普段とは比べ物にならないくらいに神経を使います。いくら健康体とはいえ、急に何らかの発作が起きるリスクも高いし、ここは医療僻地の離島だし、ほんのわずかな見落としやミスが大きなトラブルに直結する状況。

ましてや初めてのダイビングですからねー。
ご本人の体と心にかかる負担も意外と大きいです。
(実際に、1回潜った後はかなり疲れてました)

いつもより神経を使う体験ダイビング。
いつもより神経を使うポイント選び。

でもね、、、

夢中になってカクレクマノミを撮影してる姿を見てると、ね。
陸の上ではすごく丁寧な人当たりの方なのに、船に上がってからずっと無邪気に喜んでくれてる姿を見ると、ね。

こっちもニコニコしながら泣きそうになりますよー(笑)。
夢を叶えるチカラになれて、楽しんでもらえて、満足できる写真も撮れて、ホントによかったぁ。

2日間で3ダイブ。
まずはダイビングに慣れてもらい、次はデジタルカメラを使って水中撮影に少し慣れてもらい、最後はあのレアな元祖水中カメラを使って、フィルム36枚きっちり撮影してもらいましたー。

フィルムカメラって、水中でフィルム交換できないから1ダイブで36枚しか撮影できないんです。1撮必中の集中力と現像が上がってくる時のドキドキ感がたまらないんですよね〜。

いいなぁ〜。
今回の現像が上がってくる場面にも立ち会いたいなぁ〜。

はぁ、、、満足(笑)。
お客さんの夢が叶った一方で、ボクはカメラオタク欲を存分に満たしていただきました♪

あのCalypsoの実物を持って水中へ!
嬉しすぎる瞬間だけど、緊張の糸はめっちゃ張り詰めていました。

このご縁に心から感謝、感謝。

 

プロフィール

宮里 清司
宮里 清司
1977年・沖縄市生まれ。 中学生の頃から、父親の出身地である座間味島の海に潜り続けてきました。 大人になって座間味の海でガイドをするようになったのですが、父親との衝突や減圧症の軽症状に悩み、ダイビング業界を一時引退。 その後、何の縁か海の無い滋賀県に移り住み、ふとしたきっかけで警察官となり、機動隊で潜水士をしていました。 やっぱりダイビングからは離れられなかったです。 そして、座間味の海からも離れられなかったです。 警察官を辞めて、座間味の海に帰ってきました。 今は、子供の頃からずっと見続けてきた座間味の海でガイドダイバーとして、そして写真家として活動しています。